古い日記
今思い出した。たった今。
こうしてブログやmixiで日記を書き始めてしばらく経つが、基本的に俺はそんなに波乱万丈な人生を送っているわけでも感受性豊かに成長してきたわけでもないので、そんなに毎日面白おかしいものは書けませんよ( ̄ー ̄)ニヤリッ。
大体日記なんてものは誰かに読ませるようなものでもなく、自分一人の思いを書き綴るものだろうし。あ、交換日記は違うか。
きっかけも『夕焼けだんだん』の写真を意味なく撮ってるな~、俺。ってのがきっかけだし。
まあ、そんな理由で非常にシンプルな、おそらく訪れた人もコメントもトラバもしにくい内容のブログになっている訳で。
俺もそれほど今はアクセス数を気にするでもなく、ただ淡々と一流の『だんだにすと』を目指して日々定点観測(?)を続けとる。
しかぁし!
こんな俺でも日記をつけていた時期があったのだ!
そうなのだ、自分でもびっくりだが、今まで忘れていたが、俺は高校3年~会社員になってしばらくの頃まで日記なるものをつけていたのだ。
アノ頃はぁ♪(ハッ!)
ルーズリーフのノートに1日1ページくらいの分量で書いていたように思う。
二人して♪(はっ!)
何故はじめたのか?
今となってはよく分からない。ただ想像はできるが。
俺はガキの頃からモノを記憶しない子だった。いろいろ忘れる。
それには理由がある。
人の頭はにはきっと記憶できる限界があって、限界がくるとそれ以上覚えられない。だから新しいモノを覚えるには頭の中に空白を作らなければ覚えられない。だから新しい事を覚えるためには常に頭に新しい空間がなければいけない。俺は常に新しい事をどんどん覚えられるように古い事はどんどん忘れていこう。3歩歩いたらそれまでのことは全部忘れよう。
先のこと♪(ハッ!)
なんとも子供らしい理屈だが、それを実践してしまう事ができるのも子供だ。未だに俺は物忘れが凄いし、そしてそれを気にしない。
ただ子供ながらに日々忘れていく日々の感情をどこかで つなぎとめておきたかったのだろう。多分それが理由。
考える♪(ハッ!)
何故止めたのか?
これも知らん。まあ会社に入って遅くまで仕事やら呑み会やらで脳ミソがグチャグチャになって、日々の感情をつなぎとめる事に意義を感じなくなったのだろう。
クールな今の俺が出来上がっていったんだろう。
暇なんてなかったし♪
こうして考えると、脳ミソと日記を内臓ハードディクスとバックアップメディアのような感じに捕らえていたんだろうな。
愛を~大事にしなかった♪(ハッ!)
何故こんなことを思い出したのかな?この年になって。あの日記はどこへいったのかな?
今まで忘れてきたと思っていた俺の中のセンチメンタルな部分の反乱かね?
ぷぷぷっ!↑これも十分センチだな~。
しっかし和田アキ子の『古い日記』はカラオケで歌うと燃えるなぁ。最近歌ってねーなー。またみんなで歌いてーなー。
フォウ・ムラサメは叫んだ。
「孤独はいやっ!紛らわしたくても紛らわす思いでもないのよ!」


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